天河神社 鬼の宿神事、節分祭2019そして2020

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2020年2月も天河へ

福は内、鬼は内

昨年、天河へ行って、とても充実していたので、今年も行ってきました。天河神社は節分祭の前夜の鬼の宿神事が特徴的で、神社の由来によって、節分の豆まきは「福は内、鬼は内!」と言って豆まきをします。今年も節分前夜の鬼の宿神事から参列しました。

2019年にも参加

2019年の神事にも参加しました。以下、その時の投稿文を残しておきます。

天河神社の節分の神事に今年は行こうと思い立って行ってきました。6年前に一度行ったことがあり、それ以来行っていなかったのですが、今年はなんだか行きたくなりました。それで、宿がなんとか取れたので、行ってきました。

天河神社について

天河神社神社㏋より引用させていただきます。

ご祭神

●市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)
※市杵島姫命は辨財天様としても信仰されております。
●熊野坐大神
●吉野坐大神
●南朝四代天皇の御霊
●神代天之御中主神より百柱の神

ご神徳

●熊野坐大神
●吉野坐大神
●南朝四代天皇の御霊
●神代天之御中主神より百柱の神

鬼の宿神事、節分祭について

神社HP掲示板より引用させていただきました。

◆節分祭
毎年2月3日午前11時~

◆節分祭 諸願成就採燈大護摩厳修  正午より
(採燈護摩終了後、年男による福豆まき・福餅まき)
(恵方巻・ぜんざい・長寿酒等のふるまい)
《内容》
節分祭では、御尊家皆々様の諸厄難を除き、家内円満にして、家運の隆昌、諸業繁昌、交通安全、入学祈願、健康祈願等、諸々御祈祷を申し上げ、併せて護摩祓いを斎行致します。

天河社社家は役行者の供に祀られております前鬼、後鬼の子孫と言い伝えられており、節分祭宵の晩に『鬼の宿』として、鬼(神)を迎えます。夜更け、一番座敷に布団をひき、にぎりめし、梅干しを供え、縁側には澄みきった真水を手桶に張り、一晩そのままにしておきます。そうすると節分祭当日早朝、手桶の水を見ると、鬼が手を洗ったのか、足を洗ったのか底に砂が沈んでおり、鬼が泊まられたという証を賜り始めて節分祭が執り行われます。

よって、鬼は大いなる御宝をもち、全ての意識を越えて物事を正しく見るという、古来からの信仰から「神」として崇め奉られ、神事儀礼においても、
「鬼は内」「福は内」と唱えながら福豆を撒きます。

縁起
こちらも天河神社HPより引用させていただきました。

多門院日記に、

「天川開山ハ役行者 -マエ立チノ天女ハ
高野 大清層都コレヲ作ラシメ給フ」

という一節があります。 これは室町期の傑僧多門院英俊の天河詣での記録です。

天河大辨財天社の草創は、この日記のような飛鳥時代の昔に さかのぼります。龍、水分(みくまり)の信仰で代表され古代民族信仰の発祥地とされる霊山大峯の開山が役行者によってなされたことは 周知のことです。その折大峯蔵王権現に先立って勧請され、最高峰弥山の鎮守として祀られたのが天河大辨財天の創まりです。

その後、うまし国吉野をこよなくめでられた天武天皇の御英断によって壺中天の故事にしたがい現在地、坪の内に社宇が建立され、ついで吉野総社(吉野町史)としての社各も確立しました。

更に弘仁年中、弘法大師の参籠も伝えられます。高野山の開山に先立って大師が大峯で修行された話しはすでに明らかですが修行中最大の行場が天河社であったのです。
天河社には大師が唐から持ち帰られた密教法具「五テン鈴」や、さきの多門院日記で紹介された「大師筆小法花経」、又真言密教の真髄、両部習合を現す「あ字観碑」など弘法大師にまつわる遺品が千二百年の星霜を越えてなお厳かに我々の心を魅了します。冒頭で多門院英俊の言う「高野大清層都」とは弘法大師のことなのです。

天河大辨財天社の由緒の中で、天河社が「大峯第一、本朝無双、聖護院、三宝院両御門跡御行所」(天河社旧記)であったことを見おとすことは出来ません。通常准三后宣下を受けられた宮家が門跡就任を奉告するための入峯は宗門にとって最も重要大切の行事とされ、江戸期将軍の参内に匹敵する権勢と格式をもっていました。この門跡入峯にあたっての必修行程に門跡の天河社参籠がありました。このことは遠くその昔役の行者や空海の縁跡を慕い、その法脈を受けついだ増誉、聖宝解脱など効験のきこえ高い、大変偉い上人たちが峯中苦行をなしとげ天河社求聞持堂に参籠されました。そして峯中の大秘法「柱源神法(はしらのもとのかみののり)」にもとづく修法の数々が確立されたのです。 まさにその一瞬天河社縁起に言う「日輪天女降臨の太柱が立つ」といわれます。これが門跡参籠修行の謂です。

文化元年七月十六日三宝院高演によって修せられた「八字文殊法」などはまさしく門跡参籠修帰依の史実を裏書するものです。

また琵琶山の底つ磐根に立ちませる神と従神十五の督のことが修験の著名な文献「日本正法伝」天河祭祀のくだりに日本辨財天勧請の創めとして掲載されています。これは天河大辨財天が本邦弁才天の覚母であるということなのです。そしてその加持法力は広大無辺十五の督によってことごとく伝えられ、信心帰依の善男、善女へ授けられる福寿のこと夢疑うなかれとされています。

天川への道

天川村天河神社へはいくつものトンネルや新しい道が出来たことによって、以前と比べて、相当行きやすくなったと聞きます。行ってみると分かるのですが、麓から天川を目指すルートには長いトンネルがいくつもあります。このトンネルができる以前は峠をいくつも越えなければならず、本当に行くのが大変だったろうと推測できます。行き易くなった結果、天川村の気が変わったという人がいます。新トンネルができて行き易くなったといっても、僕には遠い遠しところであることに違いはないし、強い良い気の満ち満ちた聖地であることに変わりはありません。

節分の神事の構成

天河神社の節分の神事は、節分の前夜に行われる神迎えの神事鬼の宿神事、そして節分当日の節分祭の神事年男による福豆まき、そしてそのあとの護摩厳修によって構成されています。3日の夜には岡野弘幹さんの音霊奉納コンサートもありました。参加できなかったのが残念です。

2月2日鬼の宿(2019年)

天河神社の神職関係者は、修験道の祖・役行者とともに祀られている前鬼・後鬼の子孫と言われ、鬼の宿として鬼を迎えるそうです。ですので、豆をまく時、普通は鬼は外、福はうち!と叫びますが、天川では、鬼はうち、福はうちと言います!

この神事は、まず本殿で始められ、途中で実際に鬼の宿を執り行う場所へ、神職と関係者の一部のみ移動します。

直会2019年

その間、多くの参加者は本殿で待つことになります。この神事が終るのを待って、参集殿へと参加者で移動して、直会です。参加者にはおにぎりとお茶ががふるまわれ、参加者同士で話をして交流を深めます。大阪から車を飛ばしてきた日帰りの方や、毎年参加されている東京からのご夫婦、群馬からやって来た猛者の方と話をして、おにぎりを食べて、宿へと戻りました。

6年前に行った時に書いた投稿に神事について詳しく書いてあります。

鬼の宿神事の結果

鬼の宿神事とは、清水が入った桶に、鬼が来た証である小石が翌朝残っていれば成功ということで節分祭を行うことができるそうです。何も入っていない清水に小石が残ることが鬼がやってきてくれた証であり、この鬼を迎えることができるか?という占いともいえる神事が成功の印となるそうです。そして今年も成功したので、翌日節分祭が行われました。宮司様が、この成功は神職のみの力で成功したのではなく、参列者全員の皆さんの協力によって成功することができた、とおっしゃっていました。

2月3日節分祭(2019年)

天河神社HPより引用

節 分 祭
諸願成就採燈大護摩厳修
〔体験のポイント〕

○節分祭では、御崇敬者皆々様の諸厄難を除き、家内円満にして、家運の隆昌、諸業繁盛、交通安全、入学祈願、健康祈願等、諸々御祈祷を申し上げ、併せて護摩祓いを斎行致します。

○神事当日早朝、前夜の「鬼迎えの神事」にて鬼をお迎えすために用意した手桶の底に、鬼が手を洗ったのか足を洗ったのか砂が確認できれば、その砂をもって鬼が泊まられたという証とし、はじめて節分祭が執り行われます。

○その後には、御神酒(おみき)・暖かいお汁粉をご用意しております。
またこの地方の風習で、その年の吉方に向かって巻き寿司を食べる名物の“がぶり寿司”も振舞われます。

鬼の宿神事が成功したので、節分祭が執り行われました。節分祭は11時から本殿で行われました。神事のあと、年男による福豆まき。写真を撮るのに注力していたら、福豆を取り損ねました。ここでは、遠慮していてはダメだとこれで、スイッチが入りました。

護摩焚き

このまめまきのあと、12時すぎから、護摩焚きです。正式には「所願成就厄除け採燈護摩厳修」というそうです。

般若心経等を唱え、太鼓をたたきながら、護摩木等を燃やします。この炎や音によって身体やハートが励起されているような気がします。安直な言い方しかできませんが、大量の強い強いパワーをいただきました。

この護摩焚きのあとにも福豆と福餅まきがありました。先ほど福豆を貰い損ねて、スイッチが入ったので、餅を3個、豆を二袋ゲットしました。お餅は家族へのお土産にしました。

この最後も福餅蒔きですが、6年前は人形も一緒に蒔いていて、その時はスーパーマンの人形をゲットしてとっても嬉しかったのを覚えています。今でも自宅に飾ってあります。

感じたこと、2019年

今年の神事は前回6年前とは印象がだいぶ違いました。一言で表現するのは難しいのですが、実直で素朴な感じが前回より強くなったような気がしました。余計なものが削ぎ落されたのか・・・それは自分自身のことなのかもしれませんが。

今年2019年、己亥年の2月の天川は(天川村は川の文字、天河神社はさんずいの河です)、例年の2月に比べ、相当暖かく、雪も少ないそうですが、僕にはかなり寒かったですが、僕としては、今年の天河の方が好きですね。

護摩焚きの時の太鼓の音と般若心経を聞きながら、亥年の今年は、いろいろなことが加速され、一気に進む、そんな年になる!そう感じました。

天河神社へは呼ばれないといけないとか、行こうとしても都合が悪くなって行けなくなるとか、言われているようです。その真偽は不明ですが、今年はなんだか、突然行きたくなって、行ってこれたのですが、移動そして現地でも、とっても楽しかったです。移動は自家用車だったので、7時間以上かかっていますが、それほど苦痛ではありませんでした。この感覚は不思議です。

2020年2月2日

2月2日鬼の宿(2020年)

この神事は本殿とは異なる場所で執り行われます。ですので、一般の参加者はその間、本殿で待つことになります。
今年は、その間、本殿にて宮司さんによる別の儀式が執り行われました。昨年はなかった儀式でした。2013年には、あったと記憶しています。

▼本殿に準備された様子

中央に火をつけて、ミニ護摩焚きのように進められます。宮司様が、棒?でいろいろなことをされてから、火がつけられ、それが、護摩木の枠に実際に火が付くまでかなり時間がかかりました。

その後、参列者にも護摩木と言っていいのかわからないのですが、木が配られ、参列者自身が各々火にそれを託しました。

暗闇の中、燃える炎は壮厳で、神秘的でした。その炎と宮司様の声が奏でる空間は、神人合一が具現化されていました。

らりるれろの歌‥‥今年は終了後に、鬼の足を模した雨が配られたり、大サービスでした。これで3回目の参加なので、今年は、大サービス!だと感じました。いろいろなことが起こっている今年、参列した人への宮司様からのお礼?愛?を感じた夜でした。

鬼の宿の直会(なおらい)(2020年)

おにぎり、昨年とはちょっと違っていました。おにぎりと漬物、そしてちょっとしたおかず。どれもシンプルですが、とてってもおいしかったです。直会のおにぎりは毎年おいしいです。すべて無料です。

2月3日節分祭

2020年2月3日午前11時から執り行われました。前夜よりも、だいぶ参列者が増えていました。昨年並みの人だったのではないでしょうか。

▼暖冬と言っても、天川は寒いです。暖房器具はとても温かくありがたいです。

▼今年(2020年)は福豆をゲットできました。

護摩焚き(所願成就厄除け採燈護摩厳修)

護摩焚きの様子です。正式には「所願成就厄除け採燈護摩厳修」と言うそうです

恵方巻、お酒、ぜんざい

そのあと恵方巻とお酒、そしてぜんざいのおふるまいがあって、終了しました。ぜんざいのおふるまいは、餅まきの終了後です。

福餅まき


今年は、小さなお餅をひとつと、福豆をたくさんゲットできました。自分の家族と妹家族の分を十分確保できました。

感じたこと、2020年

今年は、昨年よりもさらに暖冬で雪もなく、天川は行きやすかったです。でも、今年はコロナウィルスの件からか、2月2日の夜の神事への参加者が昨年2019年や2013年に比べて、少ないように感じました。解釈は無限にあるので、なんですが、本当に来たい人だけ来れば良い、そんな風に解釈しました。昨年も楽しかったし、素晴らしく感じましたが、今年はさらに楽しく有意義な天川だった、そう感じました。
天河は世界でも指折りのパワースポットです。そして、鬼の宿神事と節分祭の時が、もっとも天河らしさが発現する時です。その時に今年も立ち会うことができ、感謝です。

▼2019年2月3日朝撮影。あごの下につららができていました。

▼2020年2月3日朝撮影
超暖冬のこの年、つららはありませんでした。

映画「地球交響曲(ガイアシンフォニー)」

天河神社は映画、「地球交響曲(ガイアシンフォニー)」でも取り上げられました。神社にはその、映画のポスターがありました。これも、なんだか、良い感じがしました。

禊殿

本殿から少し下ったところに、禊殿があります。歩いて5分くらいでしょうか。こちらは、天河神社がもともとあった場所だか聞いたことがあります。もともとのご本尊だった?岩山がすぐ裏にあり、とても力の強い場所です。

天河神社公式HP

住所と連絡先
〒638-0321
奈良県吉野郡天川村坪内107
大峯本宮 天河大辨財天社 社務所
電話: 0747-63-0558 / 63-0334
FAX: 0747-63-0848

アクセス

公共交通機関の場合

近鉄吉野線「下市口駅」から奈良交通の路線バスが出ています。
「下市口駅」から奈良交通の路線バス「中庵住行」に乗車し約1時間、「天河神社前」下車すぐ。
あるいは、「下市口駅」から奈良交通の路線バスで「天川川合」下車後、徒歩約30分。

※バスの本数が少ないため事前に運行表をご確認ください。
「下市口駅」までの主な経路
大阪から: 近鉄「大阪阿部野橋」駅から近鉄吉野特急で「下市口」駅下車
京都から: 近鉄「京都」駅から近鉄線で「橿原神宮前」乗換え「下市口」駅下車

レンタカーの場合

下市口駅にはレンタカー業者がありません。近鉄大和八木駅で降りてレンタカーを借りてアクセスするのが良いかと思います。

車で別方向から来る人をピックアップする場合

橿原神宮前駅で車でピックアップする場合東改札口を出たところに駐車できるスペースがあり、そこで電車の到着を待つと良いかと思います。
そしてそこからだと車でちょうど60分くらいです。

ナビの行き先設定

ナビで向かってくる場合は駐車場にある多機能トイレを目指した方が良いかと思います。駐車場は無料ですが、限りがあります。満車の場合は隣接の中学校に駐車できるそうです。近くにくると案内板があります。時間に余裕を持って移動して、現地の状況でどこに駐車するか決めるのが良いと思います。
今年は雪が少ないので、移動が楽でした。雪が多い例年は最低でもスタッドレスタイヤが必要です。節分前日の鬼の宿神事に参加する場合は、坪内地区か河合地区に宿泊するのが良いそうです。神事は夜行われるので、雪が突然降ったり、下の洞川温泉への道路が凍結したりするからだそうです。

天川での宿泊について

宿は近くの洞川温泉や隣接の川合地区にもありますが、鬼の宿神事に参列する場合は、神社のある坪内地区に宿泊することをお勧めします。神事のエネルギーをできるだけ近くで感じる方が良いからです。しかしながら、坪内地区には小さな民宿が多く、そしてその民宿を運営している方々が高齢化して運営が大変になっているのが現状のようです。ここで具体的に紹介してしまうと、問い合わせが殺到してしまって、ご迷惑をかけてしまう恐れがあるので、それは差し控えさせていただきます。観光協会等に問い合わせれば、教えてくれるかと思います。ちなみに、今年2020年宿泊した民宿は、食事もお風呂もなかったのですが、とても満足しています。布団はふかふか、豆炭あんかが暖かくて、快適に眠れました。2019年には川合地区の元YHの宿で、朝食付き、お風呂あり、だったのですが、今年の方が断然快適度が上でした。

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天川の食事についてまとめた記事です。

天川の宿泊先によってはお風呂の提供がないことがあります。近くの町営温泉施設で禊も兼ねて入浴する人が多いです。

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この記事を書いた人

三上あき
アグリセラピスト
占術家(断易)
日本断易学会認定(坤綬)

趣味温泉巡り。特に草津、万座、西伊豆がお気に入り。