算命学と子平推命、四柱推命Ⅱ

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以前に算命学と子平推命、四柱推命とい記事を書きました。今回は、その続編です。小山眞樹代先生のご本「完全独習版「子平推命」」は、東洋の占法に関して、非常に示唆に富んだ素晴らしい本で、読んでいて勉強になります。
☟前回の記事です。

子平推命とは?どのようなものか?は、完全独習版「子平推命」について詳しく書かれています。引用します。

「子平推命」は、中国宋代初期の星命に精通した学者「徐子平」により、子平の原形の書『禄命法』から始まり、宋代末期の「徐大昇」によってまとめられた、とされます。初め両者は同一人物と思われましたが、別人であり、元祖の徐子平の名前から由来するといわれるようになりました。また、根本的には「子平」の「子」とは、干支暦に使われている「六十干支」の第一番目の干支「甲子」の「子」であり、それが代表する六十干支の総ての干支が、平均してバランスを保つ命式を持っているかを問う意味があります。さらに、もう一つ「子」は北の水局の「水」を示し、「平」は平衡、すなわち水が平らであるが如く、その人間の命式で示す要因のバランスが取れていることを吉とする命術であります。

その歴史や四柱推命との関連性についても、同じく、完全独習版「子平推命」から引用します。

子平推命が、完全な形で確立したのは、宋代末期、徐大昇の『子平三命通變
へん三巻』からといわれています。
●上巻/註定真論喜忌論継善論
●中巻/歌訣(百章歌各格局歌十二長生詩訣)
●下巻/内外十八格局
この『子平三命通變』からその後『淵源子平』『淵海子平』(現在の四柱推命は、江戸時代仙台藩の儒学者・桜田虎門がこれを解読し、『推命書』として流布したのが始まりとなる)などが新たに増版され、名前を変えられたことで徐子平の意図した子平推命ではない、「ア・ラ・カルト推命」(フルコースで学ばず、一品料理的に好みの部分だけ手軽に習得出来る方法が一般受けした)が広まりました。人の命運の情報を正しく引き出せない、統一性や脈絡を欠いた諸々の寄せ集めのものに変化した推命学が、流布されてしまった
のです。

また、その子平推命が流出したか?についても書かれていますので、引用します。文化大革命が契機になっているのは、算命学と同じです。

そして現在、私如きが学べるようになったのも、中国の文化大革命によって明代の刊本『新鍥誠意伯秘授玄 徹通旨滴天髄二巻』(劉基題、長庚舘刊、台湾國家圖書館)の原書が台湾に流出したためであり、さもなくば、未だ中国大陸の奥(紫禁城から峨眉山へ)に眠り続けていたであろう宝刀であったわけです(劉基=劉伯温)。

興味を持たれた方は、ぜひ、小山眞樹代先生の主宰する小山眞樹代子平推命研究所のサイトをご覧になるか、小山先生のご著書、完全独習版「子平推命」をお読みください。

☟算命学の勉強の様子を記事にしています。

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この記事を書いた人

ほしの ちあき
アグリセラピスト。
日本断易学会認定占い師(坤綬)
元グローバル企業の経営企画部門に勤める会社員。
趣味温泉巡り。特に草津、万座、西伊豆がお気に入り。