🕊️ 第2章:「火中の栗」が姿を変えた日
それまで、火中の栗は「拾わねばならないもの」でした。
人のため、役割のため、あるいは**「自分の小さな正義のため」に
その呪文のようなものが、心の奥で繰り返されていました。
でも、あの護摩の火の中で、わたしの意識が静かに裏返っていきました。
「その栗、ほんとうに『拾わない』という選択もできる」
「その栗を『手放す』という慈悲もある」
「その栗と共に『火そのものとなる』という道もある」
そうして、火中の栗は単なる苦しみの象徴から、
成長の種となり、慈悲の芽吹きとなり、
わたし自身の人生を照らしてくれる火の糧となったのです。