大迫選手が6位入賞したレースで優勝したのは、世界記録保持者、ケニアのエリウド・キプチョゲ選手でした。圧倒的な強さでオリンピック2連覇でした。
これは、大迫選手がケニアで強化合宿をしたということとは違う切り口の記事です。
大迫選手は、早稲田大学出身、箱根駅伝で大活躍した実績がありましたが、私の世代で箱根駅伝、そして早稲田大学というと、頭に浮かぶのは瀬古利彦選手です。今は日本のマラソンの強化担当です。学生の時からマラソンレースで優勝し、その独特のレース運びで印象に残っていました。その瀬古選手を鍛えあげたのが、中村清監督でした。その実績十分の指導ぶりに、ぜひ弟子入りしたいと言ってきたのが、ケニア出身のダグラス・ワキウリ選手でした。日本のマラソン強化方法が流出するのを避けたく、最初は断ったそうですが、熱意に負けて入門を許したと何かで読んだ記憶があります。
そのワキウリ選手は、中村清氏の指導を受けてすぐに頭角を現し、1987年のローマの世界陸上のマラソンで優勝、その翌年のソウルオリンピックでは兄弟子の瀬古選手の上をいく銀メダルを獲得しています。そして、それからケニアの選手がオリンピックのマラソン競技で上位の常連になったのは。ワキウリ選手が直接指導をすることはなかったかもしれませんが、精神的にやれる!と思うきっかけとなったことは想像がつきます。
その早稲田大学、当時はSB食品の監督であった中村清氏の指導を受けたワキウリ選手の母国のケニアの選手が圧倒的な強さを見せつけたオリンピックで、早稲田大学出身の大迫選手が大健闘を見せたことに、なんだか偶然だけだとは思えない、何かを感じています。
話しを大迫選手に戻します。大迫選手はメダルは次世代に託すといった発言をしていました。そしてネットを見る限りでは、その思惑通り、より若い世代のマラソンランナーが刺激を受けているようです。
大迫選手が東京オリンピックで6位に入賞したことは、今後の日本のマラソン競技の復活にむけての「きっかけ」になるのは、間違いないと思うのです。
ps
ケニアで強化トレーニングをしてきたということですが、ケニアのワキウリ選手が日本人の中村監督の指導を熱望してきたということも、長い年月での循環というかなんというか、不思議な感じがしています。私も歳をとったかな。
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