書評『誰かのために生きすぎない〜朝のコーヒーと飯盛山からの風に、幸せを感じた

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本田健さんが紹介していたので、藤野智哉さんの『「誰かのため」に生きすぎない』という本を読んでみました。

精神科医である著者が、がんばりすぎてしまう人に向けて、力を抜いて生きるコツをやさしく語ってくれる本です。

この本を読んでいて、今の自分にとても必要な本だと感じました。

最近、私はあるインスピレーションを受け取りました。

「世界平和を祈る前に、自分を平和にしろ」

少し強い言葉です。

でも、この言葉は「世界平和を祈るな」という意味ではないと思っています。

まず、自分の呼吸を平和にする。
自分の胸の内を平和にする。
自分の暮らしを整える。
自分の体力、時間、お金、安心を満たす。

そのうえで、家族や地域や世界のことを考える。

そういう順番の修正なのだと思います。

この本を読んでいると、そのインスピレーションと、とてもよく整合していると感じました。

「がんばろう」と思う時ほど、がんばりすぎていないかを見る

本の中で、特に印象に残ったのは、

「がんばろう」ってときほど、
「がんばりすぎじゃないか」って考えてみて。

という言葉です。

これは、今の私にとって、とても大切な言葉でした。

私は、正座、朝のウォーキング、草取り、地域活動、父母のこと、文章を書くこと、AIとの対話、いろいろなことを同時に進めています。

それぞれが単なる用事ではなく、自分にとって意味のあることです。

だからこそ、つい休むことを後回しにしてしまいます。

でも、この本は、休むことを「怠け」としてではなく、生きるための大切な技術として教えてくれます。

何もしなくても、休むことそれ自体が、立派な予定なのだと。

これは、私が最近感じている「修行をしない修行」にもつながると思いました。

がんばることだけが修行ではない。
力を抜くことも修行。
休むことも修行。
自分をゆるめることも、生きるための大切な稽古なのだと思います。

「みんなと仲良く」は幻想かもしれない

もう一つ、心に残ったのは、

「みんなと仲良く」なんて幻想です。
苦手な人とはどんどん距離をとろう。

という言葉です。

私は、地域の和合を大切にしたいと思っています。

誰かを敵にしたいわけではありません。
争いたいわけでもありません。
できれば、みんなで気持ちよく暮らしていきたい。

でも、和合と、すべての人に合わせることは違います。

誰かを敵にしない。
でも、近づきすぎない。
争わない。
でも、巻き込まれない。

この距離感は、これから地域活動をしていくうえでも、家族や人間関係を考えるうえでも、とても大切だと感じました。

自分を壊してまで、誰かに合わせる必要はない。

これは冷たいことではなく、長く人と関わっていくための知恵なのだと思います。

うかつに幸せになってもいい

そして、この本の中で一番、今の自分に効いた言葉があります。

自分が幸せになることを、心の底から受け入れられたら勝ち。

そして、そこから私は、こんな言葉を受け取りました。

うかつに幸せになってもいい。

この言葉が、とても良かったのです。

「立派に幸せにならなければならない」ではない。
「ちゃんと資格を得てから幸せになる」でもない。
「誰かに認められてから幸せになる」でもない。

むしろ、

あれ? なんか今日、幸せかも。
まあ、いいか。受け取っておこう。

くらいでいい。

この軽さが、今の私にはとても大切だと感じました。

朝のコーヒーと、地元の里山、飯盛山からの風

最近、朝起きて、コーヒーを飲んでいる時のことです。

飯盛山の方から、風が吹いてきました。

その風が、とても心地よかったのです。

特別なことが起きたわけではありません。

何かを達成したわけでもない。
誰かに褒められたわけでもない。
大きな成果を出したわけでもない。

ただ、朝起きて、コーヒーを飲んでいる。
飯盛山から風が吹いてくる。
その風が、心地よい。

その瞬間に、強い幸せ感を感じました。

これは、自分の暮らしの中にすでにあった幸せを、身体が受け取った瞬間だったのだと思います。

以前の私なら、その幸せを感じたあとに、すぐにこう考えていたかもしれません。

「でも、まだやることがある」
「こんなことで満足していていいのか」
「もっと頑張らないと」

でも、今は少し違います。

あれ? なんか今日、幸せかも。
まあ、いいか。受け取っておこう。

そう思えるようになってきました。

これは、自分にとって大きな変化です。

誰かのために生きる前に、自分を平和にする

『「誰かのため」に生きすぎない』という本は、誰かのために生きることを否定している本ではありません。

むしろ、誰かのためにがんばれる人の優しさを認めたうえで、こう教えてくれているのだと思います。

自分を削りすぎないでください。
自分を後回しにしすぎないでください。
自分の幸せも、ちゃんと受け取ってください。

誰かのために生きる力は、自分を削ることで生まれるのではなく、自分を休ませ、満たし、平和にすることで戻ってくる。

そう考えると、この本は、私が受け取った

「世界平和を祈る前に、自分を平和にしろ」

という言葉を、日々の暮らしの中に下ろしてくれる本のようにも感じました。

大げさな幸福論ではなく、

朝のコーヒー。
飯盛山から吹く風。
少し休む時間。
無理な人間関係から距離を取る勇気。
自分の幸せを受け取る練習。

そういう小さなことから、自分の平和は始まるのだと思います。

おわりに

誰かのために生きることは、尊いことです。

でも、自分を失ったまま誰かのために生きると、その優しさは長く続かないのかもしれません。

だから、まず自分を平和にする。
自分の幸せを受け取る。
自分の暮らしを満たす。

そのうえで、家族や地域や世界に向かっていく。

それは利己主義ではなく、順番の修正なのだと思います。

この本を読んで、私はあらためて思いました。

うかつに幸せになってもいい。

朝のコーヒーと、飯盛山の風。
それだけで、今日は少し幸せでいい。

その感覚を、これからは遠慮なく受け取っていこうと思います。

参考:藤野智哉『「誰かのため」に生きすぎない』
※この記事は、読書メモとAIとの対話をもとに、自分自身の体験として再構成したものです。

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この記事を書いた人

三上あき
アグリセラピスト
占術家(断易)
日本断易学会認定(坤綬)

趣味温泉巡り。特に草津、万座、西伊豆がお気に入り。